- 松 林
- 生殖医療や食や栄養、運動などのセルフケアについて、さまざまな情報が錯綜している中で、チャバロ先生たちが実施しているEARTH研究などのコホート研究の論文は信頼できる情報ソースとして、非常に参考になっています。そのため、このような機会をもてたことを大変嬉しく思います。
- チャバロ
- 私たちの研究に注目していただき、ありがとうございます。研究は論文にするだけでなく、それがドクターの役に立ってはじめて意味のあるものになると、常に考えています。松林先生のクリニックは、日本でもトップクラスの症例数とお聞きしています。現在、どれくらいの周期数の採卵を行なっていらっしゃるのでしょうか?
- 松 林
- 東京と大阪、合わせて約5000周期です
- チャバロ
- それは大規模ですね!ドクターは何名いらっしゃるのでしょうか?
- 松 林
- 東京では常勤4名、大阪では常勤5名です。
- チャバロ
- いつも忙しくしていらっしゃるのですね!わかりました。我々の研究結果は松林先生の患者さんにあてはまるのでしょうか。
BMIの問題
- 松 林
- 食文化は国によって異なりますので、アメリカ人を対象にした研究結果をそのまま日本人にも言えることと言えないことがあります。そのため、日本人を対象とした研究を実施する必要があります。ここはとても大切なポイントになると思います。
- チャバロ
- おっしゃる通りですね。食習慣や体格は異なるため、あてはめることが出来ることもあれば、あてはめることがとても難しいものもあります。どの程度あてはめることが出来るのかについて調べることはとても興味深いですね。
- 松 林
- そう思います。
- チャバロ
- 違いということで、一つ明らかなことは、BMIの分布が大きく異なるということでしょうか。
- 松 林
- そうですね。日本では生殖年齢にある女性の約半数のBMIは20以下です。
- チャバロ
- 標準体重以下の女性が多いですね。
- 松 林
- ええ。彼女たちは、どうしたら体重を増やせるのか苦慮しているのですよ。
- チャバロ
- 日本ならではの問題だと思います。標準体重以下の女性が体重を増やすことで妊孕能にどのような影響を及ぼすのか、とても興味深いです。ただし、そのようなトライアルはアメリカでは現実的ではありませんが。
- 松 林
- そうですね。アメリカでは肥満の蔓延は健康にとっても大きな問題ですからね。ただ、減量が必ずしもART成績の改善に寄与するとは限らないという研究報告がなされていますね。
- チャバロ
- おっしゃる通りです。私たちは誰しも減量はART成績の改善に有効であると考えていました。ところが、2つの大規模な無作為比較対照試験の結果、必ずしもそうではないと。
- 松 林
- 少なくともART成績には関連しなかったということのようです。
- チャバロ
- もちろん、その理由はわかりませんが、体重を落とすこと、それも短期間に体重を落とすことは、食糧の量が少なく、飢餓レベルにあることから、子を産み育てるにはふさわしくない環境なので、生殖機能を低下させるようなシグナルが発せられるのかもしれません。そんなメカニズムが被験者に働いたのかもしれません。
- 松 林
- 大変興味深いですね。
- チャバロ
- 一方、やせの女性にとって体重を増やすことは妊孕能が高まると私は思います。ところが、誰しもそうなることを期待した減量でさえ、そうならなかったことからもわかりませんね。そのため、松林先生たちはやせの女性の体重増加の有効性を検証するための研究を実施する価値があるのではないでしょうか。
- 松 林
- そう思います。それによって正しい体重管理の方法を検討すべきです。
大豆食品と生殖機能
- 松 林
- 生殖機能に影響を及ぼす食品として大豆食品が注目されていますが、これもアメリカと日本では食文化が異なります。
- チャバロ
- そうですね。まさに、大豆の生殖機能への影響は非常に興味深いテーマです。それは、特に女性だけでなく、男性においてもしかりです。
- 松 林
- はい。
- チャバロ
- 未だ文献的に不十分ではありますが、私は大豆は安全であると考えるようになりました。これまで言われていること、すなわち、大豆食品には生殖毒性があるという認識のほとんどは、動物の知見をそのままヒトにあてはめられたものです。ご存知の通り、クローバー病が有名です。オーストラリアでほとんどの雌の羊が不妊になり、その原因が牧草のクローバーに含まれる植物性エストロゲンでした。そして、そのことはそのままヒトにもあてはまるだろうという考えにとらわれてしまったわけです。
- 松 林
- なるほど。ただ、大豆イソフラボンはエストロゲン作用を有しますね。
- チャバロ
- おっしゃる通り、大豆イソフラボンは植物エストロゲンです。ところが、ヒトにも生殖毒性があるというのは、体系的に評価してしまったからだと私は思っています。大豆食品の生殖機能への影響を調査した初めての研究は、男性の大豆食品摂取量と精液所見の関連を見ました。
- 松 林
- そうですね。
- チャバロ
- その結果、大豆食品の摂取量が多い男性ほど精子濃度が低いというものでした。ただ、その後、中国から尿中の植物性エストロゲンと精子濃度の関連を調査したいくかの研究報告がなされ、アメリカよりも多くの大豆食品を消費する他のアジアの国々でも同じような結果ではなく、再現性はありませんでした。
- 松 林
- はい。
- チャバロ
- そのため、結局、男性の精子濃度には多少の影響があるかもしれませんが、非常に小さなもので、おそらく、妊孕能には違いは出ないでしょう。また、女性への影響については、自然妊娠においても、不妊治療においても。少なくとも私たちの研究では、特に生殖補助医療では違いはありませんでした。大豆は完璧な植物性たんぱく質です。
- 松 林
- ただ、日本では状況は異なり、ネガティブに作用することがあります。
- チャバロ
- なぜですか?
- 松 林
- そもそも、日本人は大豆食品を多く食べています。そのため、私たちは大豆食品と大豆イソフラボン抽出物とに分けて考えなければなりません。高濃度に抽出したイソフラボンはレセプターを介してエストロゲン作用にも、抗エストロゲン作用にも働く可能性があるからではないかと思います。
- チャバロ
- そうですね。イタリアで実施された2つの研究で、大豆イソフラボン抽出物のサプリメント使った研究があります。その量は、これまで私たちの研究で被験者が食べていた大豆食品から摂取していた量の約10倍に相当する量でした。ほとんど同じ2つのグループを対象に実施されたもので、一方は人工授精、もう一方はIVFカップルに投与されました。その結果は、サプリメント摂取が妊娠率に良好な影響を及ぼしたというものでした。
- 松 林
- はい。
- チャバロ
- ただし、日本ではどうでしょうか、同じような臨床試験で、どのようなことになるか非常に興味があります。もしかしたら、マイナスの影響を及ぼすという結果になるかもしれませんね。
- 松 林
- あり得ますね。
- チャバロ
- そもそも、日本での大豆食品の摂取量はボストンやイタリアに比べて全く異なります。いずれにしても日本やアジアの女性に対しての大豆イソフラボン補充の妊孕能への影響はアメリカとは違って大いに疑問があるところですね。
- 松 林
- そうです。そのため、我々はそのことを確かめるための試験を行う必要があります。
- チャバロ
- 素晴らしい試みだと思います。
- 松 林
- そして、何が重要で、何が重要でないかを見極めなければなりません。
- チャバロ
- 全くその通りです。日本で同じことが実施できればすごいことです。
魚食と生殖機能
- チャバロ
- 大豆と同様、ボストンにおける調査と非常に異なるもの、たとえば、男性にとっても女性にとっても妊孕能に良好な影響を及ぼすものに魚があります。
- 松 林
- はい。
- チャバロ
- アメリカでよく食べられる魚の種類は限られていますが、日本では多くの種類と量の魚が食べられていますね。
- 松 林
- はい。私はとても魚が好きで、毎日食べています。多くの日本人は魚が好きで、まぐろをはじめとして、いろいろな魚を食べているので、アメリカと比べて魚消費量のベースラインが異なると思います。
- チャバロ
- そのため、魚の影響についても日本の研究結果に興味があります。
- 松 林
- アメリカと日本ではDHAやEPAの補充効果にも違いがあるのかもしれません。
- チャバロ
- はい、魚食の有効性はDHAやEPAを介したものである可能性が高いですね。おそらく、日本人のDHAやEPAが高濃度であろうと思います。そのため、日本でも私たちのこれまでの研究で示されたように高い妊孕能に関連するのか見てみたいです。もし、異なる結果が導かれたのなら、新たに解明が必要なテーマに出会うことになりますね。
- 松 林
- おっしゃる通りです。
日本におけるエビデンスの蓄積の重要性
- チャバロ
- 魅力的な研究テーマになりそうです。そして、それらのテーマについて初めての研究を実施し、論文をパブリッシュすることはとてもハッピーなことです。そして、私は他の研究者もそうすることで、人々にとって未だ知られていない知見や文献を積み重ねていくことが重要なことだと思っています。そんな研究を一緒に取り組みませんか?
- 松 林
- 非常に興味深いです。日本人は食においても、あらゆるものを取り入れることに長けていることから独自の食文化が形成されています。そのため、日本におけるエビデンスの蓄積が必要です。
- チャバロ
- そのような取り組みはどこででも重要なことだと思います。
- 松 林
- そうですね。
- チャバロ
- アメリカの結果が、他の国や地域でも言えることなのかどうかを見極めるべきであると常に考えています。ただし、アジア、特に、東アジアのデータは少ない。また、アフリカからはほとんどない、いや、北アフリカやエジプトでは1つか、2つあったでしょうか、いずれにしてもアジアからはほとんどない。
- 松 林
- そうですね。
- チャバロ
- そのため、このような研究を日本で実施し、どの程度共通することがあるのかを検討することは非常に重要なことだと思います。食文化や食べ方のようなものを超えて、ヒトという種として、どんなことが言えるのかを知りたいですね。
- 松 林
- おっしゃる通りです。
- チャバロ
- 私がこの2、3年、取り組んでいるプログラムがあります。食と妊孕能の関連研究を同じ研究計画で異なる国で他施設研究を実施し、結果を比較し、解析し、個別に言えること、普遍的に言えることを明らかにするための調査です。
- 松 林
- なるほど。
- チャバロ
- 非常に意義が高い研究となり、かつ、単独で実施するよりも資金を効率的に使えるというメリットがあります。
- 松 林
- 貴重なデータを得ることが出来ますね。
- チャバロ
- ただ、研究を進める際のハードルの1つに被験者のリクルートがあります。
- 松 林
- はい。
- チャバロ
- アメリカでは研究への参加に後ろ向きな患者が多く、被験者のリクルートが困難になっています。それは、食や生活習慣について医師の関心がそれほど高くないというか、時間的な制約の中での診察でそれほど余裕がないということ。
- 松 林
- 日本でも同じです。
- チャバロ
- また、患者もそれほど乗り気ではありません。松林先生もご承知の通り、不妊治療を受けているカップルは大きなストレスを感じています。彼らの関心事は治療に集中し、妊娠すること以外にはありません。そのため、私たちは患者の3分の1は研究に参加してもらうことが出来ていません。
- 松 林
- なるほど。
- チャバロ
- ただし、松林先生の施設の有利な点は規模が大きく、多くの被験者のリクルーティングが可能なことではないでしょうか。研究への関心が低いのですが、全ての国でそんな状況であるとは限りらないのではないでしょうか。私は研究への参画に理解を示しれくれる患者が多いところもあると思います。日本はそのような国ではないかと期待しています。
- 松 林
- はい。
- チャバロ
- 少なくとも松林先生の施設ではアメリカよりも被験者のリクルートに有利ではないでしょうか。たとえ、同様の患者の反応でも母数が大きいので私たちよりも早くリクルートが可能になるというアドバンテージがあります。私たちが4〜6年かかることが1〜2年で終了させることができるかもしれません。
- 松 林
- そうかもしれませんね。
- チャバロ
- 患者は常に自分たちに出来ることに大きな関心を抱いています。子どもを持つという大きなモチベーションのためにはなんでもやります。医師からの情報は大きな影響力を持ちます。そのため、コミュニケーションには細心の注意を払う必要があります。たとえば、医師は、ある研究によって、○○は有効であると示唆されたと話した場合、マスコミでは「○○は有効!」と報道される場合がよくあります。どんなレベルのどんな研究であるかにかかわらず、です。そのため情報発信はとても難しいと感じています。
- 松 林
- 全くその通りだと思います。
- チャバロ
- そのため日米で協力し、エビデンスを積み重ね、有益な情報を発信していきたいと思います。
- 松 林
- そうですね。

Profile
Jorge E. Chavarro, SCD, MD, ScM
ハーバード公衆衛生大学院栄養疫学准教授
2006年ハーバード大学大学院博士課程修了(栄養疫学)。ハーバード大学附属ブリガム・アンド・ウィメンズ病院疫学研究者、ハーバード・メディカルスクール准教授。米国の大規模疫学研究「第2次看護師健康調査(NHSⅡ)」、「EARTH研究」を実施し、食(栄養)と生殖機能やART治療成績との関連についての多くの論文を発表、食と生殖機能の関連研究の世界の第一人者。『妊娠しやすい食生活 ハーバード大学調査に基づく妊娠に近づく自然な方法』(日本経済新聞出版社:原著『The Fertility Diet』)の著書の一人。
・ハーバード大研究者が語る、男女の妊娠力を高める食生活の6つの法則
https://gooday.nikkei.co.jp/atcl/report/14/091100031/021200652/
・妊娠しやすい食生活
https://www.akanbou.com/shoku/
松林 秀彦 先生
リプロダクションクリニックスーパーバイザー。医学博士。
1988年慶應義塾大学医学部卒業。アメリカインディアナ州メソジスト病院生殖移植免疫センター研究員、東海大学医学部産婦人科准教授などを歴任。一貫して、不妊症・不育症の診療・研究に携わる。2013年に「男性と女性を同時に診療する」コンセプトで設立した不妊センター、リプロダクションクリニック大阪院長に就任。現在に至る。
日本産科婦人科学会産婦人科専門医、日本生殖医学会生殖医療専門医、日本生殖免疫学会評議員、日本血栓止血学会学術標準化委員会抗リン脂質抗体部会副部会長。
・リプロダクションクリニック東京
http://www.reptokyo.jp/
・リプロダクションクリニック大阪
http://www.reposaka.jp/
・松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ
https://ameblo.jp/matsubooon/